何かたりない。そうだ、ブルースだ。
ブルースが少しばかり足りなかった。
子供のピアノを聴いていて閃いた。
毎日をブルースにして過ごそう。そこにゲートへの
鍵がある。
しばし瞑想。ヴィパサナ。
ぼくのワイフが、これから立ち上がる自主幼稚園に
たのしくかかわっていくことを願う。ともに楽しもう。
梓川に園舎を借りて準備中とのこと。
長男との時間をもっと大切にしよう。
子供たちは”おおいなる救い”だ。今、自分がここにいることを
教えてくれる存在だ。
とにかく、自分が今生きているのは、この人生。
焦点を今にあわせることだ。
love and peace
この世界は自分の想念でできているとは、もう6、7年ほど前に
偶然ある宿で一緒に宿泊したある会社の社長さんから聞いた言葉。
太陽は冷たいとか、シリウスがどうのこうのとおっしゃっていました。
その当時はわけもわかりませんでしたが、今ははっきりと何のことか
理解できます。
今、ぼくという存在は、同時に存在するfirstな自分が知覚している一部分の現れ
だと思っているし、想いが現実を創造していると確信しています。
しかし、なかなか自分の思うようには現実の生活はうまくはいかない?
いや、うまくいかなく見えるのも実は、自分の思い通りなのでは?
家も建てたし、家族もいる。食べていける給料ももらっているし、
なにが自分を駆り立てるのか。
解決策は今、この現実を生きていることを自覚することだ。
とチャネリングで言われました。平凡な日々は無く、気づくことだと。
月一回、OSHOの瞑想会に参加しています。サニヤシンです。
OSHOもそんなことを言っていた。
最近、日常の生活でなにか大切なことを見落としているような気がする。
もう一度自分を見つめなおし、些細なことを綴っていきます。